朱井市組橋七丁目



 硝子売りが通り過ぎると通り雨になる。



 市外の高校に通うようになる迄、其れは世間の常識だと思って居た。
 組橋の夏の風物詩の一つに硝子玉が有る。
 ビー玉と変わらないものから、如何にも占い師が持って居そうな水晶玉大の大きさのもの迄、色や様子も多種多様である。
 其れ等を各家庭の流儀(其程大したものでも無いのだが)に従い、床の間やら庭先やら窓際やらに飾る。
 視覚だけでも涼しげにしようと言う発想なのだが、其の美しさから、冷房の発達した今でも廃れる事無く時代其れぞれに発展して居る。
 お陰で、組橋では、暦の立夏でも梅雨入り梅雨明け宣言でも無く、硝子玉売りが町に出て来るようになる事が、夏の始まりであるとする風潮が有る。



 何度も飽きる程通った道が、急に切なく感じる時が有る。
 住宅街の中、川沿いの道を歩きながら、サンジは一つ、溜め息を吐いた。
 ポケットの中の小さな硝子玉を握りしめる。
 初めは冷たく感じられた其れも、初夏の夕暮れに火照った熱で温まってしまって居た。
 足を止めて取り出せば、竹の葉を描く淡い緑色が夕焼けを弾く。
 一年前の今日も一昨年も其の前も、同じ事をして居た。



 極めて下らない噂が有る。
 七月七日、七夕の日。
 組橋(此方は地名では無く、其の元になった橋の名だ)から北に数えて七番目の橋の上から硝子玉を一つ川に落とすと願い事が叶う。
 如何にも少女趣味で、誰にでも思い付きそうなものだ。
 人によっては、其の硝子玉の数が丁度七つにならないといけない、と言う少々困難なオプションも付いて居たりする。
 信じた事など一度も無い。
 其れでも、信じた事も無い神様やらに縋るよりも、上手くすれば誰にも気付かれずに済ませる事が出来る此の願掛けの方が、サンジにとっては都合が良かったのだ。



 夕暮れの町に、電車の音が聞こえる。
 川の水音と夕焼けと、何てお誂え向きの景色だろうと微かに笑った。
 硝子玉をポケットに戻し、制服の胸ポケットから煙草を取り出す。



 此以上空しくなりたくないから、
 一世紀がかりの嘘をつく。

 此のままで居させて下さい。

 願うのは其れだけだ。



 だって其れしか仕様がない。
 一番の友人で、何よりの喧嘩友達で。



 だから此は。
 願いと言うよりは自分への戒めだ。



 橋の手摺りに残り少なくなった煙草を押しつける。
 まるで何も感じていない様に、其れを川に向かって放った。
 その手に忍ばせておいた硝子玉が、煙草よりも少し早く、水面を叩いた。



 どうかずっとずっとずっと、此のままで。



 今日の日はとても良い日、
 今日の日はとても良い日、
 明日の日も、どうぞ、
 明日の日もとても良い日、



 覚えた歌は奇妙に切ない。



 硝子売りが通り過ぎると通り雨になる
 まるで通り雨の様な、硝子売りの音が聞こえる。
 ぶつかり合う硝子玉は、今日も組橋にささやかな涼を呼ぶ。






 多分、俺はお前が好きだよ。

 そして一世紀の嘘をつく。






単発パラレルはうちにしては珍しくゾロ←サンジになりました。
こう言う、何処にも無い慣習を考えるのが好きです。
此の後川を愛する男、ゾロが現れ、サンジに説教する、
と言う流れも考えたりしました。
硝子玉は願掛けではなくゾロを呼び出すアイテム、と。
余りにも馬鹿馬鹿しいのでボツ。
一ヶ月強フライングの七夕話でした。