青々





 船は唯一の海を見つけた。

 一人の男の夢が叶った。



 平生は海の幸より陸の幸を好む船長も、此の日ばかりは例の台詞を言わなかった。



 誰が言い出したのかも分からなくなった宴は終わりに近づいていた。



 誰もが、

 心の何処かで予感していたものに触れることを躊躇っていた。



「おいコラクソ剣士、」

 其の声を見遣ると、不機嫌そうな、というか呆れた様な、主賓の姿があった。

「お前なあ、人事かも知れねえけど、一応人が喜んでんだから、演技で良いから合わせろよ。」

 相変わらずの物言いに、其れでも、平生の様な喧嘩腰の受け答えは出来なかった。

 すると、此方の考えている事などお見通しだとでも言うかの様に、サンジは溜め息を吐いた。

「何だ、お前もか。」

「何がだよ、」

「先刻、向こうでも同じ事言ってきたけどよ、」

「何を、」

「本人の知らねえ所で、勝手にお別れ会に変えてんじゃねえよ。」

 其の言葉を理解しようとする自分の顔は、さぞかし間抜けだった事だろう。

「今日の飯見て、気付かなかったか、」

 お構いなしに言葉を続ける。

「今まで一度も食った事がねえメニューが、一つでもあったか、」

波が一つ、音を立てた。

「悔しいけど、無えよ。どう言う事か分かるか、」

「…」

「悔しいから後は言わねえからよ、自分で考えろ。」

 言葉の割にサンジの表情は柔らかかった。

「此処までは、俺の夢だ。そんで、此処からは、野望なんだよ。お前の持ってる其れと同じ様に。」

「何が、」

「だから、悔しいから言わねえっつってんだろ。たまには頭使え、馬鹿。」

「…一言多いんだ、手前は。」

「今更だろ。…だったら、こう言えば分かるか、」

 言いながら、懐から煙草を取り出し、口にくわえる.

「例えば、お前が鷹の目を倒したとする。

そうしたらもう、グランドラインにお前に敵う奴はいねえだろうな。」

 シュ、と音を立て、燐寸に灯を点した。

「其れでも、お前は未だだって言うんだ。未だ、後三つも海が残っているってな、」

 其の火を煙草に移し、燐寸を海に放った。

「俺達が、どれだけ理屈を並べても、きっと聞きゃあしねえんだ。」

 一口、深く吸い込んで、其の煙を細く吐き出した。

「だろう、」

 そして、此方を見る。

 少し考えて、

「だろうな、」

 と返した。

 多分、自分ならばそう言う。こいつに言わせれば、馬鹿だから。

「同じ事だよ。」

 サンジが、平生の子憎たらしい笑みを浮かべた。

「最後まで付き合ってやるさ。邪魔だと言われたって、俺の知った事か。」

 また一息、煙を吐く。

「俺は未だ、此の海には見合わねえよ。」

 ぽつりと、呟いた其の一言で、ようやく分かった。

「安心しろ、」

 何て、馬鹿馬鹿しい。

『勝手に、お別れ会にしてんじゃねえよ、』

 全く、其の通りだ。

「俺の野望は、世界を回り切るまで終わらねえ。手前が何とぐずろうが、最後まで付き合って貰うからな。」

「好きにしろよ。つーか取り敢えず、」

 サンジが、煙草を持った手で真っ直ぐに此方を指差した。

「そういう皮算用は、鷹の目に一太刀でも浴びせてから言いやがれ。」

「見てろ、もうすぐだ。」



 一人の男の夢が叶った。

 一人の男の野望が始まった。





 船は、唯一の海を後にした。



目標って、実際こういうものだと思っています。
上には上があって、切りがない。
そうあって欲しいです。