花其の元





 其れは何となく、燦爛とした午後。


 ロビンは甲板のチェアに腰掛け、古びたハードカバーに目を落としていた。
 気候は秋に近い此の海域は、朝夕の冷え込みが嘘の様に、心地よい空気を作った。
 波音と、其れに混じる風の音。
 そして、一定の間隔でロビンがページをめくる音。
 少なくとも、海賊船の甲板の雰囲気ではない。


「お飲物は如何ですか、」
 喫茶店のウェイターめかして、サンジがロビンを覗き込んだ。
「有り難う。」
 薄緑の液体が入ったグラスを受け取りながら、くすりとロビンが笑う。
「今日はなあに、」
 グラスの中身は色の割に甘い匂いがした。
 覚えの無いに追いに首を傾げる。
「飲んでみて、俺も初めて使ったんだ、此。」
「ふうん、」
 やけに嬉しそうな表情を訝しみながらグラスに口を付ける。
 一口飲み込むと、今度は色に相応しい、爽やかな味がした。


 おいしい、
 漏れた台詞は音にならなかった。
 其の代わりに、グラスに一枚の花が咲いた。
 ほんの少し目を見開く。
「驚いた、」
 満足そうにサンジが笑う。
 何、此。
 再び、声の代わりに薄い藤色の花が咲く。
「前の島の市場で見つけたんだ。青林檎みたいな色のミカンで、効果は一房で五分、」
 前置き位して頂戴、
 咎める様にサンジを見る。
 けれど、
「お味は如何、」
 其の顔に毒気を抜かれてしまった。


 平生は掌で踊って居る様な振りをして、


 狡いわ、
 声にはせずに呟いて、グラスを飲み干す。
 意趣返しも込めて、其のまま、サンジに口付けた。


 お返し。


 ぽかん、と固まったままのサンジの口元で、
 一輪、黄色い花が咲いた。



「そう言えば、何て名前だったの、」
「此の果物、」
「ええ。」
「 air 。」
「随分大袈裟ね、」
「そうかな、俺は結構気に入ったけど。」


「花も俺達も一緒でしょ、」



「流れては消えて行くもので出来てる。」
「だから、声で咲くって言うの、」
「うん。」
「随分、感傷的な哲学ね。」



 air


 空気、其れと水。



airで水はインドネシア語です。
発音は知りませんが、面白い偶然に思わず。
(確かインドネシア語はアルファベットのまま発音するんだったと思いますが……。)
とある曲が元になっているのですが、テーマは全然違います。