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Nitro
「言っとくが俺はそっちの経験はねえからな」
やるならせいぜい優しくしやがれ。
青いガラス玉のような瞳を持つその男は、はなからそんな風に言ってのけた。
黙れ、と返しながらゾロは三本の刀をそろえて壁に立てかける。
どうしてそんな話になったのか、正確な流れは覚えていない。
何か欲しいものはないのかとぼそりと聞かれた気もするし、雰囲気だけで水を向けられたような気もする。
今日がまさに野獣と呼ばれる剣士の生れ落ちた日だということがわかると、彼は笑って街へ繰り出すと言い出した。
半ば強引に誘い出され、仕方がないのでそのままついて行って二人で飲んだ。
彼の好みで店を選び、品が良すぎて趣味じゃねえと嘲笑い、それでも酒だけはいいのを揃えていると感心した。
気分が良くて珍しく酔った。
杯を何度も交わしながら、気がついたら「抱かせろ」と口走っていた。
断るだろうと思っていた彼は何故か了承し、そして今、こうして安いモーテルの一室で二人して雁首をつき合わせている。
背後でぎいっと音が鳴った。彼が長椅子に腰掛けた音だった。
「で」
シュッと擦過音がして細長く揺らめく焔が立つ。
彼は慣れた仕草でそれをすくい取り、煙草の先に朱色の灯りをにじませた。
上質のギャバジンに包まれた脚は気だるげに組まれている。
長い前髪を透かすような視線で彼は尋ねた。
「何から差し上げたらよろしいんで?」
言葉で言うなら「ふてぶてしく」。
その声音にはこれから初めての房事に及ぼうという感情の動きは到底感じられず、落ち着いた物腰で座っている様はまるきり物慣れた娼婦のようだった。
傘の壊れたランプの安っぽい光によって添えられた奇妙な艶に、我知らず喉が鳴る。
質問には答えずゾロは彼の正面へと歩み寄った。
どこか物騒な輝きを放つ眼が、好きにしろとでもいうようにそらされた。
腕を伸ばし、いつもよりくすんで見える髪に指をくぐらせる。
さらさらとこぼれる金糸の流れに沿って額から滑らかな頬へとたどり、顎の先へ至ったところで椅子がもう一度ぎいっと鳴った。
その長さを見せ付けるように大げさに、組んだ膝が解かれる。
地に降りた両の脚を割り裂くようにして真ん中に座ると、ようよう視線が返ってきた。
見下げてくる碧。冷たく軽蔑しているかのような。
だからゾロも見つめ返す。冷たく軽蔑するかのように。
薄く、形のよい唇がふうわりと笑みの形にゆがんだ。
まるで勿体つけるかの如くゆっくりと咥えた煙草が取り除かれる。
トンと一つ灰を落とし、もう一度だけ深く吸い込んでから彼は古い木でできた肘掛に押し付けて、それをもみ消した。
合図を、貰った気がした。
半開きになっている唇の奥に赤い小さな肉片が震えているのが見える。
もっとよくそれを見たくて顎を掴んだまま下の歯に指をかけて口を開かせた。
肉片はその指を一瞬だけなぞり、ひらりと奥へ引っ込んでしまう。
動きを追うように上背を引き上げ、ゾロは彼と同じ目線にまでせり上がった。
後は惹かれるままに、だ。
目を閉じることも忘れてゾロは自分のそれでもって彼の唇に触れた。
ぴりりと電気が走った後、柔らかでみずみずしい感覚が繋がった部分から全身に広がった。
「っ……」
合わせ目から笑みとも吐息ともつかぬ声が漏れた。
耳朶を打つその濡れた音は確実に欲を呼び覚ました。
もっと深くと思い、その頭をかき抱き、指先に力を込めて整った髪を目茶目茶に乱した。
うなじから襟首に滑り込ませた手を背中の方にまで差し入れてゆくと、意外なほどあっけなく黒い上着が滑り落ちる。
あらわになった肩をシャツ越しになぞると厚みのない輪郭が掌に触れた。
それでいて感じるのはしっかりと締まった筋肉だけで、彼のように痩せた男に特有のあのゴツゴツとした手触りがない。
きっと骨からして特別に細いのだろうとそう思った。
肩から鎖骨に沿って胸元へと手を下げていく。
何とか呪縛を解こうともがくその身が怯えるように反り返る。
逃がしたくはなくてすかさず抱きしめる。
すると少しの空白の後、意を決したように背中に手が回ってきた。
おずおずと物慣れぬ様子でしがみついてくる指の感触に、何だ本当に初めてかよ、と苦笑する。
そのまま追い上げるように口づけを深めると、腕の中の身体は律動するように何度も震えた。
荒く、膝を撫でる。
間に置いた胴を締め付けることで耐えようとしているのを許さず、掴んで外側へと押しやった。
重さと力と熱の勢いに押され、折り重なる影はやがて斜めに傾いた。
それでもなお離れがたく、ゾロはずるずると下がっていくその唇を執拗に追い続けた。
赤ん坊がむさぼるように夢中でついてくる彼は自分の体を支えることすら忘れてしまっていた。
がくんと大きく頭が落ちた。
「……!」
廊下では一発の銃声が響いていた。
ゾロの名を呼び、首を取ってやると無駄に誇示する声が聞こえる。
はあはあと速い息をつき、二人は上下になって見つめ合った。
椅子に貼られた赤い朱子織の擦り切れた布地の上に、細い金色の髪がなまめかしく散っている。
わめく声は近い。
それでも構わずゾロは彼の頭の両脇に肘をつき、覆いかぶさるようになおもキスを落とそうとする。
その額を彼の手がやんわりと止めた。
「そんな場合じゃなくなったな?」
今まで戦慄きながら流されようとしていたのが嘘のように嫣然と彼は笑った。
「……だな」
二発目の銃声が聞こえる。
彼はしなやかな仕草でゾロの身体の下から這い出すと、まずは肩先からずり落ちて手首のところで止まっていた上着を羽織りなおした。
それから手間をかけずにぴっと全体の乱れを直し、癖のない髪を手櫛で軽く撫で付ける。
最後に煙草を咥えてしまえばもう完全にいつもの彼だ。
今まで腕の中にいた男はいなくなってしまった。
「勝負したきゃしとけよ。俺は今気分じゃねえからずらかるぜ」
バタンと大きな音を立てて鎧戸をあけると、場末の繁華街の赤い灯火が毒々しくその横顔を彩った。
そのまま金の髪をなびかせ、彼は窓の下へと身を躍らせる。
どうせ彼のことだから猫のように音を立てず着地を決め、人が集まり始める前にいずこかへと姿を消すのだろう。
刀を取り、ゾロは自分の手をじっと見つめた。
発砲男へのささやかな礼として、見逃してやるべきかどうかを考えていた。
今なお廊下で騒ぎを起こしているあの輩がいなければ、今頃は 。
あの時、自分の肉体の中に沸いた恐ろしいほどの熱を思い出す。
優しく抱くなんてそんなこと、できようはずもなかった。
しかしいずれは起爆する、透明なその液体。
2002.10.20UP
ゾロ誕&1万HIT記念
せっかくの誕生日なのにおあずけ。
考えてみればヒドイ話ですねぇ……
剣豪おめでとうv
こう言う雰囲気、大好きなんですv
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