降星






 ようやくそろった五人を乗せて、
 船は一路、グランドラインを目指す。

 とても静かな夜だった。
 濃紺の夜空には、撒き散らしたかの様な星が瞬く。
 此のまま眠ってしまうのが何となく勿体なくて、外に出た。
 後部甲板に向かう途中で、キッチンからの灯りと物音に足を止める。
 心地よい暖かさから離れたくなくて、
 其れでも、中に入るのは其れを壊してしまいそうで嫌だったから、側の手摺りに寄りかかった。
 メインマストは少し邪魔だけど、居心地を考えれば此方の勝ちだ。
 時間が此のままであれば良いなんて思うのは、喩えるならこんな時だ。

 どれくらいの時が過ぎたのだろう。
 斜め後ろからドアが開く音が聞こえ、我に返った。
 ドアの向こうに見えたのは、薄闇に映える金髪と白いシャツ。
 クルーの少ない此の船で人物を特定するのに此以上の情報はいらない。
 くわえていた煙草を手に移して、欠伸を一つ。
 生理的な涙に濡れた目をしばたいて、ようやく此方に気付いた。
「ナミさん、」
「やっと終わり、」
 一見軽そうな此のコックは、こと料理に関しては驚く程に真面目だ。
 此の船に於いて、こんな時間まで日常的に働いているのは彼くらいだと思う。
「いえ、一休み。お茶でも煎れようか、」
 けれど、そんな疲れを全く見せずに、笑う。
「有り難う。でも、今日は良いわ。代わりに、話し相手、お願い出来るかしら、」
「ええ、喜んで。」
「そ、」
 其れは、只の思い付きだった。
 其れでも彼は微笑んで了解した。
 何故か、笑ってしまった。
「其れにしても流石よね、」
「何がです、」
「だって、サンジ君が此の船に乗ったのって、ほんの数日前よ。
其れなのに、あっという間になじんで、必要不可欠な存在になってる。
コックとしてってだけじゃなくて、仲間として。」
 一人でココヤシ村に向かってからの皆の動きは知らない。
 少なくとも、ゾロとウソップが追いついた頃、サンジ君はルフィと共にいた。
 まあ、そんな経緯を思い出さなければ忘れてしまいそうな程、サンジ君は此の船に溶け込んでいた。
 まるで、始めからそうであった様に。
「そおかなあ、あいつ等は取り敢えず飯さえ出てくれば良い様な…」
 照れた様な、困った様な顔で煙を吐く。此の表情は好きかも知れないと、何となく思った。
「ねえ、教えて。私がいなかった間、何があったのか。あんたが分かる範囲で良いから。」
 唐突な質問に、彼は考える様にもう一つ煙を吐き出した。

 一つ一つの言葉を紡ぐ様に語られた、海上レストランでの一件に、正直驚きを隠せなかった。
 気になっていたゾロの傷の理由、相変わらずのルフィの戦い方、
 彼はあくまで表面的な事しか言わなかったけれど、其れでも大変な戦いだった事は分かる。
 そして、話には出てこなかったけれど、
「ねえ、あんたは、」
「え、」
 彼の表情が変わるのが分かった。
「ルフィとゾロは分かったわ、クリークって奴と、ギンって人もね。其れで、あんたは、」
 彼は、驚いた表情を隠す様に、煙草を消した。
「…いやあ、」
 そして、一瞬で平常のスタイルを繕った。
「ナミさんにもお見せしたかったよ、並み居る敵を蹴り殺し、其れはもう語り切れない程の大活躍っ、」
 大げさに腕を広げて、誰かを思わせる様な口調で語る。
 勿論、そんな口先だけのポーズに騙される程、子供ではないつもりだ。
「何か、サンジ君らしいわね。そう言う所。」
 例えば、自分のシリアスな部分を他人にさらす事とか、自分の本質を見せる事とか、
「あんたみたいな人に限って、苦手なのよね、そう言うの。」
 子供みたいだと思う。こう言う所は多分、ルフィやゾロとは正反対だ。
「違うかしら、」
 少し意地悪な笑みを浮かべて、彼を見る。
「…参りました。」
 がくりと頭を落とす仕草に、自分の感じたものが正しかった事を知る。
 調子に乗って笑っていると、何かに気付いた様に彼が此方を見ていた。
 彼が一変して大人っぽい表情をしている事に戸惑う。
「そう言えば、腕、もう大丈夫なのかい、」
 気遣う様な視線が左の二の腕に向けられた。
「ああ、此。大丈夫よ。もう包帯も取ろうと思っていた所。」
 気恥ずかしさを感じて、右手で傷のある辺りを隠した。
 だから、と言う訳ではないだろうけど、彼の視線の先は船首の向こうに移っていた。
「そっか、…大変だったね、」
 静かな声が、浸みるように響く。
「もっと卑怯にも慣れたのにね。自分が傷つかない様に。」
 優しいと、思う。
 切ない程に。
(だって、そうでしょう、)
 人の事、言えないくせに。
 何の恩もない私達の為に、あんなに痛めつけられたのは一体誰だと言うのか。
 満たされないものを感じながら、其れでも、彼らしいと思う。
「そうね、今になって思うわ。もっと上手くやれた。私ならね。」
 彼の様に、無条件で誰かの為に傷つく事は出来ないから。
 彼程、強くはないから。
 声には出さず、呟く。
「でもまあ、あれで良かったんだわ。痛い思いも散々したけど。」
 結果オーライってやつよ、と空を見上げる。
「…っか。強いな、ナミさんは。」
 どっちが。
「なあに、惚れそう、」
「今更、何を言ってるんで…」
「嘘。」
 予想通りの答えを途中でかき消した。
「あんたみたいな人が、本気でそんな事言える訳が無いじゃない。」
 言いながら、自分で自分を傷つけている事に気付く。
「其れに、」
 いつの間に、こんなに嘘が上手くなってしまったのだろう。
「其れに私も、人のものに手を出す気はないの。」
 馬鹿みたいだ。
 中途半端に頭が回る所為で、傷つける事を怖がって押し殺している。
「…人のものって…何がですか、」
 彼も彼だ。あんなに恋愛に慣れている振りをして、こんな事にも気付けないでいる。
「其の内分かるわよ。ほんの少しだけど、私の方が付き合いは長いのよ、気付くに決まってるじゃない。」
 たまらなくて、彼に背を向ける。
 彼は未だ何か言いたそうだったけれど、
「オヤスミ。」
 無理矢理、其れをさせなかった。

 階段を下りた所で、倉庫から出てきたゾロとはち合わせした。
トイレにでも行っていたのだろうか。
 小憎たらしい。
 遠慮なく舌を打つ。
「何だよ、」 ゾロは、流石に嫌そうな顔をした。
「何でもないわよ。」
 ついでに、彼の言う『魔女』に相応しい顔で笑ってやる。
 そして、すれ違いざまに、階段の上には絶対に聞こえない様に音量を落として、呟く。
「分かってる、黙っていたって気付いてもらえないわよ、
そう言うのに関しては、ルフィより鈍いんだから。」
「は、」
「フェアじゃないから、サンジ君が気付くまで待っていてあげるつもりだったけど、
いつまでもそうしているんだったら考え直すからね。」
 ささやかな宣戦布告だ。後ろでゾロが何か言っているようだったけど、其れは無視した。

 ゾロが半開きにした倉庫のドアに手をかけながら、空を見上げた。
(綺麗。)
 自然に、笑みがもれた。

一路、船は進む。



ずっと書き直ししたかったネタです。
昔は、ゾロサンでルナミだったんですが。