海に降る雨


「なあ、雨ってね、空から海に降るだろう?空にある水が海に帰りたくて降ってくるのかなあ?それとも海が空にある水を呼んで降らせるのかなあ」
キッチンの丸窓に鼻をくっつけんばかりに、そぼ降る夜の雨を見上げて子供の声が問い掛ける。

医者とはもっと怜悧なものだとナミは思っていた。
それは別に、なにも偉そうに気取ったものとか言うのではなく、営利合理、一点張りと言うのでもない。現にナミの最もよく知る故郷の医者は、誰より気取らず欠片の利己主義も知らぬ好漢だった。
ただ、現象を見るとき常に原因と結果を客観的に観察する目を持ち合わせて、感情やウェットを廃した部分を持って初めて名医たりうるのだと信じていた節がある。

眼の前の名医は、ことのほか可愛い。
彼は騙されやすく、信じやすく、激しやすく、涙もろい。
何処までも感情的でどこまでもウェットだけれど、まごう事無き名医。紙一重なのがいいのかしら。
しかし、そんな無邪気な質問に答える言葉をナミはもたない。
なんでまた、この子はあたしに聞くのかしら。
おもわず狭い夜更けのキッチンに、寝に降りたウソップとルフィを目が探してしまう。
こんな時に限って、トナカイの横には寝ぐされ剣豪、ナミ傍らにはドリンクを持ったコックが居るのみ。
絶望的だわ、ごめんねチョッパー。
軽く無視を決め込もうとしたナミの耳になおも問い詰めるチョッパーの声がする。

「なあ、なあー、ゾロはどう思う?」

あら、面白い展開ね。
自分に降りかからなければ聞き逃す手は無いわ。そう思って本から目を上げたナミは、同じく足をとめた面白そうなサンジと目が合って黙ったまま笑った。
うっそりと板壁にもたれた姿勢は変えずに目だけ薄く上げて、ゾロはああ?と低く問い返す。繰り返すチョッパーの質問に、案外間を置かずあっさり答えた。
「海でなくとも雨は降る」
「ええ!?そうなのか?」
「ドラムじゃ降らなかったか」
「・・ああっ!たまに降った。うん、雪が多くて忘れてた。そっか、海だけじゃないなっ。えへえへ・・・でも、海に降る雨は海が呼んでる気がしない?」
「・・・・・」

あら。的外れに逃げたつもりが直球が返ると黙るのね?私と同じじゃない。つまんない。
おそらくそこまで同じように考えたであろう、コックがシンクへ向かう。
その背中を捕らえるトナカイの声。食い下がるわねえ、チョッパー。ナミはなんだか楽しくなる。
「サンジは?どっちが呼んでると思う?・・・あ・・」
慌てて口元に手をやる。たちまち萎れた偶蹄類の先割れの蹄が二つ、困った瞳に寄せられた。

すこし前になる。
ゾロとサンジが孤島に流された。手を尽くして結局救出は叶ったけれど、サンジはそれから喋らない。ゾロに拠ると流れついたときから喋りはしなかったらしい。かく言うゾロだって見つけた当初は獣の如く喋ることを忘れているかに見えた。

しばらくたった頃に、ゾロは苦く笑って、GM号が見えたとき・・助かった瞬間からサンジは話し始めると思ってたんだとナミにだけ小さく語った。馬鹿みたいな話だが、そんな風に全てが劇的に元に戻ると信じていたんだと、淡々と。ナミは軽く頷いて笑った。笑って頷くしかないような気がした。

それでもサンジは何不自由なく暮らしているし、通じないことは一つもないように見えた。
困らないように見せているのだとナミは気付いていたけれど、ゾロがそのサンジのスタイルを守ろうとするので、みんなが気付こうとしないので、それはそれで由としている。

だからチョッパーは、うっかり問い掛けて困っているけれど、サンジはちっとも困りはしない。ナミだってゾロだって困ったりしない。そんな次元はとおに過ぎていた。

サンジは笑って近付いて、ピンクの帽子をゆっくり押さえる。
抱き上げたりしないでしゃがみこむ。
小さなトナカイの目線から、おんなじように窓を仰いだ。
空からの直線をすこし上げた指で受けて、そのまま青いチョッパーの鼻に落として再び笑う。

「?・・おれ?おれ・・雨、呼んだかなあ?おれが・・?」
軽く頭を横に振りかけて、とどめて、まあいいというように曖昧に笑んでチョッパーの脇にサンジは立ち上がり、し残した洗物の続きに向かった。
「え・・?サンジ・・」
困り続けるトナカイに、いいんだごめんと言った風に軽く手を振ってサンジは見せる。
「あの・・おれ・・」

「お前が呼んだから来たって言ったんじゃねえ・・。雨は、お前に会う為に来たって言ったんだ」
ぶっきらぼうでも、優しくもなく、まったくのニュートラルにすえた声で酒もあおらずにゾロが言った。チョッパーのほうもサンジのほうも見ないまま、その目はテーブルの木目をまるでまじめに数えているように静かにそこに注がれたまま。

そっか!〜っとたちまち破顔したトナカイに、ナミもアハハと高く笑った。
「ばかね、チョッパーそんなわけないじゃない。理由なんかない、自然現象だっていったのよ、サンジくんは!」
「ええ!?そうなのか?ど・・ど・・どっちだ??」
角の重さに任せて頭を傾げるトナカイを他所に、黒い背中は好きなように解釈してくれとばかりに煙を吐きつつ忙しく手を動かす。
「まあ、ぜったい確かなのは、おっそろしいことに考えたくもないけど、あたしより、ゾロが百倍ロマンチストってことよね」

ミドリの頭は動じない。ふん、とでも言いたげにいつのまにやらまた目を閉じていた。
サンジの黒い肩が笑って揺れている。
トナカイは、意味はわからずとも和やかな雰囲気が気に入ってニコニコ、三人を見回している。

そう、私達は困らないわ。言葉なんてなくたって。ねえ、サンジくん。
ナミはゆっくりサワーを空ける。
そんで、貴方がいつ話し出しても困らないわ。やっぱり。
そうして、こうして。まってるのよ手薬煉引いて。笑ったりからかったりしながら、アクション起こしたり起こさなかったりしながら、大縄をまわし続けて飛び込んでくれるタイミングを待ってる。
ね?ゾロ。
正面切って見つめてやると、気が付いてないはずもない仏頂面が目を閉じたまま居心地悪げに眉を寄せた。

「寝るわ。あんたも寝なさいよ、チョッパー」
「うん」
立ち上がったトナカイを促して、おやすみ〜もう寝てるみたいだけど、と背中越しにゾロに言ってから耳はちっとも悪くないコックさんの真横に立って、素早く頬に一つキスをする。

「☆○▼□★〜|#%$!!!!」

ちょっとした優越感に浸りつつ、ナミはすこし目上のパニック気味の真っ赤な頬をも一度撫ぜた。
その台詞を、早く声できかせなさい。

ね?



了(2003.03.24)伶あきらさんリク 海賊で『雨』





勘違いだったんです……カウンター。
まさか最後の一桁が偶々うちのパソコンでのみ表示されていなかったとは
予想も出来なかったんです……。
其れなのに其れなのに其れなのにっっ!!!

マジ有り難う御座いますーーーーー!!!!!!
ぎゃーもうすっげ嬉しい!!!