ライフスタイル

何か、忘れている気がする。
カレンダーを前に、ゾロは首を傾げた。
四季を全く無視したグランドラインの上で、此処暫くは本来の暦に合った気候が続いていた。
元来そう言うものに興味を示す性質でもなかったが、此処まで無茶苦茶な気候の中で生活していると、
一年で一回りのゆっくりとした流れがどうしても懐かしくなる。
其れはさておき。
一体何を忘れているのか。
忘れる位だから、其れ程対した事でもないのだろうが、妙に引っかかって仕方がない。
(何だ、)
そもそも、予定とかそう言うものとは無縁の船上だ。
予想も付きそうなものだというのに。
(…仕方ねえ、)
誰か知っている奴がいるかも知れない。
適当に捕まえて聞く事にしようと、男部屋を出た。
「今日、別に、何も無えだろ。」
取り敢えず一番手近な所にいたウソップは、少し考えて、そう答えた。
「今日じゃなくても、…何か無かったか、」
「忘れるような事は無えだろー。」
ウソップには関わりのない事なのかも知れない。
「他の奴等にも聞いてみたらどうだ、」
「…そうだな、悪い。…所で、何やってんだ、お前。」
声をかけたときから実は気になっていた。
晴天の下で何故かウソップは大量の紙に囲まれていたのだ。
「ああ、これか。本当はもっと早く終わらせたかったんだけどよ、以外に手間取ってなー。」
「何だ、其れ。」
「見て分からねえか、サンジが書いたレシピだよ。」
「レシピ、」
「ここん所、変な島にいろいろ立ち寄っただろ、其処の名物料理とか郷土料理とか、適当にメモしておいたらしいんだけど、気が付いたら、」
此の量になっていた訳か。
「其れで、」
「ほら、此の間あいつの誕生日だっただろ、何かして欲しい事でも無いか、つったら、此を何とかしてくれって言われたんだよ。」
(…ん、)
何か、引っかかった。
「其れで、島別に分けて、ジャンルで順に整理して製本でもしてやろうかと思ってよ。でも俺、料理とか詳しくねえし、どれがどの島のかなんて全然覚えてねえから、未だに終わらねえんだよ。」
誰の、何だ、と。
「一寸待て、」
「ん、」
「今、何つった、」
「…未だに終わらねえんだよ、」
「其れじゃない。此の間、何だ、」
ウソップは額に指を当てて記憶を辿る。
そして、回答に行き着いた。
「…お前、忘れてたか、」
「あ―――――、何日前だ、」
「今日、…七日だろ、五日前だ。」
「…」
「あーあ、」
晴天の空の下で、ウソップの声が遠く聞こえた。
キッチンでは、見慣れた姿が、聞き慣れた音を響かせていた。
「何だ、昼飯なら未だだぜ、」
ドアを開ける音に気付いて、サンジが此方を向いた。
「いや、そうじゃねえ。」
「じゃ、何だよ、」
「…悪かった。」
「…は、」
サンジは、ぽかん、と口を開け、間の抜けた声を出した。
「…何かやったのか、お前…、」
「違う。…誕生日…、手前の。」
言うなれば、虚無。そんな表情のサンジをバックに、陶器が割れる音が響いた。
皿を取り落とした姿勢のままで、サンジが、信じられないものを見るような目で此方を見る。
「…何と、おっしゃいました…、」
「悪かった。…忘れてたんだよ。てっきり他の連中の時みてえに宴会になると思ってたからな。」
「うわ―――――、気味悪い…正気かお前…」
自分を取り戻したらしいサンジが、失敬にも額に手を伸ばしてきながら呟いた。
「うるせえ、俺だって悪いと思ったら謝る位するんだよ。」
言いながら、自分でもらしくないと思った。
忘れていなかったとして、果たして誕生日祝いなんてものを贈る様なキャラクターをしていただろうか、自分は。
確かに、少々気味が悪いかも知れない。
「違えよ、…今、忘れてた、っつったよな、」
「ああ、だから悪かったって…」
「忘れてたっつー事はだ、取り敢えずお前、一度は覚えてたのか、俺の誕生日…」
成る程、キャラクターに合っていなかったのは、もっと根本的な段階からだったらしい。
我ながら、ろくな人生を送っていない。
「まさかプレゼント用意してたとか言わねえよな、止めろよそういうの、お前がと思うと寒気がする…。」
其れは、其の通りだ。寒いにも程がある。
「だから、一言だけ言おうと思ってたんだよ。」
サンジが、一番近くの椅子に腰掛ける。
「其れで、」
頬杖をついて、続きを促した。
「…」
「別に今日で良い。元々、手前は言葉が少ねえんだ。普通の奴なら記念日にかこつけなくたって言える様な事だろ。」
そして、微笑む。
全くもって其の通りだ。
敵わない、と思う。
「あーじゃあ、今年の俺の誕生日は今日に変更だ。其れで良いだろ、」
「其れで良いのかよ…」
どういう理屈だ、と突っ込むと、
「良いんだよ。記念日なんてのはそういうもんだろ。俺が良いっつったら良いんだよ。」
「無茶苦茶だな、」
「今に始まった事じゃねえ。」
「あーそうかい。」
本当に、どうでも良いような気になった。大体、口と理屈で此の男に勝てる訳が無いのだ。
そして、覚悟を決めた。
他の誰に聞かれるのも嫌だったから、サンジの耳元に口を近付けて、伝わるか伝わらないかの声量で、呟いた。
「有り難うよ。」
何が、とは言わない。限定するつもりもない。
元の姿勢に戻ると、サンジはゆったりと微笑んで、
「どーも、」
不覚にも、赤面、しそうになった。
後悔した訳ではないが、慣れない事はするものじゃないと実感した。
領分が違うのだ。
「本ッ当信じらんないわね、普通気付くでしょ。」
小一時間で、此の些細な出来事は全員の知る所となった。
考えられる原因其の一と其の二を無言で睨みつける。
びくりと目を反らした其の一はまあ良いとして、其の二が悪びれもせずに、
「そうですよねー、」
等と相槌を打っているのが頭に来た。
「皆、何かしらやってたわよ。誰かさんが寝てる間に。」
原因其の二と魔女が、「ねー、」と声を合わせた。
いっそ、何もしなければ良かったのだろうか。
やはり、慣れない事はするものじゃない。
どうにもやり切れないが、
一体誰の所為であったかは、
腹が立つので忘れておく。
| 誰も祝ってくれなかったから。(切ない) いつもの私じゃ無いみたいなバカップル。 |