長い窓からのびて行く





 あの日から、オレンジの音が、止まない。



 辿り着いた港で偶然小さな祭りを見つけた。
 何が在るのか、と聞けば、住民達は口を揃えて
「夏が来る。」
 と、笑った。

 季候の良い此の島の彼方此方にはオレンジの木が植えられて居た。
 香柑の名に相応しく、島中が其の匂いに包まれて居る。
 ノストアルジアを感じさせる程度に故郷に似た景色に、町並みを歩くナミの足は軽かった。


「行こう、」
 満面の笑みを向けられて、返す辞退の文句などサンジは持って居なかった。


 ふわりと、夏の到来を感じさせる風が吹く。
 何処か浮き足だった町を、少しずれたリズムの足音が行く。
「ほら、サンジ君。はぐれちゃうじゃない、」
 市場に気を取られたサンジを振り返り、ナミが笑う。
 真っ直ぐに差し出された腕に、此では立場がまるで逆だと、サンジは苦笑いを浮かべる。
 端から見れば、自分達は多分、恋人以外の何者でも無い。


 着いた場所は港とは反対側に在る小高い丘だった。
 眼前には青空と海、振り返れば小さな社がある。
 海から吹き付ける南風にナミの髪が揺れる。
 其れを快さそうに細い腕が押さえた。
「先刻聞いたのよ、此が、夏なんですって。」
「南風が吹けば夏って事、」
「うん、未だ安定して居る訳じゃ無さそうだけど。」
 海の向こうを見つめるナミの言葉に迷いは無い。
「ああ、だからこんな所に在るんだ、」
 サンジの視線は社に向けられて居た。
 其処には未だ新しい果物が並んで居る。
「そうね、」
 其の中でも矢張り取り分け鮮やかなオレンジを見て、吹き付ける風すらも変わった気がした。


「ナミさんのさ、」
 風の音に掻き消される様な声音でサンジが呟く。
「何、」
「ナミさんの生まれた島も、こんな感じだった、」
 自分がこんな風に、ナミの内面に触れる事を許されたのはいつからだっただろうか。
 アーロンが倒れた時からだったような気もするし、其れより少し前からだったようにも、後だったようにも思う。
 多分そんな事をナミに聞けば、そんな事知る訳無いじゃない、と彼女は又笑うのだろう。
「まるで同じって訳じゃないけど、……そうね、似てる。」
 ナミの視線が再び海に向けられる。
 今度は、此の島の空模様では無い、もっと遠くを其の目は見て居る。
「もしかしたら、私が今思って居るより、ココヤシ村に似て居るかも知れない。こんな風に見た事なんて無かったから。」
 幼い頃はもっと単純に、良く言えば真っ直ぐに海を見て居た。
 いつからか其れ所では無くなってしまって居た。
 そして、漸く自由になって見た景色は多分一生忘れられない。
 此からどんな冒険をしても、多分。
 其れ等に比べれば、此の島の海は只、心を躍らせ、沈めるだけだ。
「似て居るのかしら、」
 ぽつりと、ナミが呟いた。
「サンジ君は、似て居ると思う、」
 海の向こうに目を向けたまま、サンジに問う。
 サンジはそんなナミを見て、微笑んだ。
「どうなんだろう。でも、」
「でも、」
「ナミさんに似合うよ、此処は。」
 恥ずかし気も無く、サンジは言う。
 ナミはサンジの方を向いて、苦笑した。
「有り難う。」


「そろそろ、帰ろうか、」
 いつの間にか、海には赤みが増して居た。
「そうね、」
 名残惜しそうに海を見るナミに、サンジが右手を差し出す。
 ナミは目を丸くして其れを見る。
 そして、僅かに頬を染め、顔を顰めた。
「信じないでしょうけど、先刻のは凄く勇気が要ったのよ。」
 サンジ君は顔一つ変えないで出来る事なんでしょうけど。
 そう言ってふくれるナミにサンジが笑う。
「信じてくれないかも知れないけど、俺だって心臓とんでも無い事になってるんだよ。」
 顔には出さないけれどね、


「信じないわ。」
「残念、」
「あら、此でも気を遣って居るのよ、」


「女の子のエスコート位で動じたりしないんでしょう、恋する料理人は、」
「精進シマス。」


 ナミの片眉だけ挙げた皮肉った笑みが、此以上無い位に映えて見えた。
 背中を向けて歩き出せば、又、町中のオレンジの香りが彼等を包んだ。
 いつの日か屹度思い出す、
 其れだけの日常。



 あの日から、オレンジの音が、止まない。



ゾロとか出て来ない只のナミサン。
出て来ないだけで実際の関係はどうなって居るのかは御自由にどうぞ。
恋愛のみのテーマにして小説を書いたのは久し振りかも知れません。