09.冷たい手

雨が降り始めた。
底冷えのする晩秋特有の空気に、儀礼の様に息を吐いた。
けれど、其れは白く染まる事無く、其のまま傘の中か更に上か、消えた。
「 」
背筋を襲う寒気に肩を震わせる。
顰めた視界の向こうに、表情を一転させるのに足る、彼女の姿を見つけた。
「ロビンちゃん、」
薄茶色で縁取られた白い傘がくるりと向こうを向く。
そうして、彼女がにこ、と笑った。
「災難ね、」
「全く。」
本当なら今日で買出しの半分は済ませるつもりだったのに。
右手に下がって居るのは今日明日の最低限の食料だけだ。
「でも。」
「でも、」
彼女が首を傾げる動きに合わせて、黒髪が揺れた。
ある程度本降りになってしまえば傘なんて概ね無力なものだ。
現にスラックスの裾とか荷物を下げた右手と袖とか、雨天の革靴程悲惨なものは無いし、正直本気で寒い。
けれど、今自分が浮かべて居る表情は紛れも無く笑みであろうから。
「貴女が居れば秋雨も薔薇色。」
「羨ましいわ。」
実を言えば割と本気で発した台詞は、彼女に届く前に、彼女自身の手で容赦無く叩き落された。
多分此の思いは届かない。
例え、こんな冗談めかした台詞でなく、言い訳も誤魔化しも効かない言葉を選んで尚、
だからこそ、こんなにも溺れて居るのだろうけれど。
雨音が強くなる。
煉瓦造りの町を覆い尽くす其の音に、まるで町中に自分たち二人だけしか存在しない様な錯覚を覚えた。
二、三歩先を歩く彼女の背中は雨の中、傘に遮られて尚凛として居て、
まるで彼女の生き様其の物に見えた。
其れは多分、事実に近い確信だ。
不意に触れた指先は、雨に濡れてすっかり冷え切って居た。
けれど其れは此方にしても同様で、
其の所為で焼き付く様に熱く、脳に彼女の体温を伝えた。
手繰り寄せる様に其の手を掴んだ。
一瞬だけ、彼女の指先が揺れた。
「 、」
唇だけを動かして、彼女の名を呼んだ。
「 。」
空気を震わせる事の無い其の言葉は、其れでも多分彼女に届いた。
けれど、結局彼女が其の、卑怯な告白に答える事は無かったし、喩え彼女が何らかの答えを返して居たとしても、自分からは其れが見えない。
抱き留める事も出来ない君と、代償の様に手を繋ぐ。
其の手だけが、雨に濡れるのも構わずに。
ヘリオストロープ