惑星リキッド






 海が、騒々と啼いて居た。


 明け方に寄港した此の島は、夜になれば四等星迄はっきりと見える程に静かで、
 海鳴りだけが遠く遠く、響く。
 夜になっても、紺碧の空には雲の流れが群青になって見て取れる。
 夏島の気候にも関わらず、何故か其の様は冬の夜空を思わせた。
 しんしんと無音で、空気はきりりと冴え、
 其れでも躯は寒さを感じない。
 雲を踏みしめる感覚までもが蘇った気がして、くすり、とサンジは笑った。
 一体、どれ程前の記憶なのだろう。
 数少ない陸の記憶は、大抵が此の様なものだ。
 だが、自嘲で気分を変えてしまうにも惜しい夜。
 サンジは、耳に新しい其の名を呟いた。
「月下姫。」
 此の気候の全てが彼女の為のものならば、
 頷けない事も無い。
「牡丹の内の一つだよ。此の島の特産品だ。
 此処は気候が良いからね、花の栽培に向き過ぎて居る。」
 だから、いつ迄も発展しないのだ、と昼に訪ねた八百屋の主人が困った様に笑って居た。
 折しも、今宵の月は見事な満月。
 月の模様が地域で異なる事を知ったのは割と最近の事だ。
 偶々、其の日も満月が掛かって居て、
 思い付いた様にナミが言った。
 兎やら蟹やら、皆が故郷の月を語った。
「髪の長い女性。」
 サンジの言葉に、ウソップはお前らしい、と笑った。
 多分、其れが彼女だ。
 北の国の月に居る彼女の為に、
 南の島に冬の夜が訪れる。
 少女の寝物語の様な幻想だ。
(悪かねえさ。)
 其れを信じさせる程の雰囲気が此処には在る。
 まるで、其れに誘われた様に、
 ふらり、サンジは船を下りた。



 海を沈黙と称したのは誰であったか。
 其れはきっと、こんな夜だ。
 波止場では感じられなかった浜辺の白い花の芳香が、波の打ち寄せる砂浜を包んで居た。
 波音と共に、砂の上には海と陸の境界線が引かれて行く。
 淡々と行われる其の様に、悪戯心の様なものが芽生えた。
 放る様に靴を脱ぎ捨て、一つずつ其れぞれの指に引っ掛ける。
 ちゃぷ、
 波が夏の素足に心地良い。
 平生よりずっとゆっくりした歩調で、サンジの両足は砂に線を刻んでいった。
 満潮迄、未だ少し時間が有る。
 元々、意味の無い行為だ。
 残らぬ方がきっと良い。


 右手に海原、左手に大地。
 其れはまるで自分に相応しいと、
 サンジは今宵の月に自惚れた。


 じきに、夜は明けて行く。





 満月の夜は、あの庭には入れない。


 北の月の姫君は、何を求めて此の島で眠るのだろう。
 忘れて居た歌を思い出した。






元ネタは高校時代に書いた五行詩です。
月下姫と言う品種は実際に有ります。