19.予定外の出来事

「サンジ、」
「何だ、飯は出せねえぞ、キャプテン。」
返した悪態が自分の予想以上に力の無い声であった事に、サンジは限界を感じた。
此処一ヶ月、ゴーイングメリー号は非常な迄に飢えて居た。
予想出来ない事ではなかったのだ。
港で仕入れた、次の島迄の航路は十日間程。
此処で、ログが溜まるのにかかる時間も聞いておけばこんな事にはならなかったかも知れない。
「道理で、やけにエターナルポースが売られて居たと思ったのよ。しかも同じ所のばっかり。」
そう言って航海士は歯噛みしたが、後の祭りであった。
其の島にとって、ログポースの言う「次の島」と一番近くの島は方向も距離も全く違うものだった。
そう言う訳で、ゴーイングメリー号は飢えて居た。
目指す島が、船で十日間と言う距離ではないと気付いてからすぐに、料理人は持てる技術を駆使して其れに対応した。
しかし、多少余裕を持たせて居たとは言え、所詮は十日間を目安にしたもの。
クルーが必要とする栄養の量は変わらないのだから、其れは高が知れている。
成分の半分は食欲で出来て居る、と航海士に言わせた船長ですら、一日一回の食事に絶えて居る現状だった。
「今日一日、俺が我慢するからお前が食え。」
だから勿論、其の台詞にたっぷり数分、言葉を失ったのはルフィを馬鹿にしての事じゃない。
「何言ってんだ、オラ邪魔だからとっとと……、」
誤魔化す様にそう言って、背を向けかけた所で腕を取られた。
其の目に、不覚にも奪われた様な気がした。
其れが何だったのかは分からないけれど。
「お前が一番分かってねえんだ。」
振り解こうとした腕は、平生よりほんの少しだけ、思う様に動かない。
「何が、」
悔し紛れに見返した視線に、ルフィは、ほらな、と呟いた。
「命に代えても、お前は俺たちに食わせなきゃいけねえし、ナミは船を前に進めなきゃなんねえ。」
ああ、そうだ。
其の通りだよ。
お前がそうだから、俺は此の船を選んだし、今現在こうして居る。
「チョッパーが俺たちを治すのだってそうだし、」
「だから俺たちは命賭けて夢を叶えなきゃならねえんだ。」
其れが分かって居て、どうしてお前が俺に言うんだ、
言い掛けた言葉は、形にすらならずに消えた。
「だったら俺は、命に代えてもお前らを生かす義務が有る。」
「もし、此の船に本当に一つ残らず飯が無くなったら、」
「真っ先に飯になるのは俺じゃなきゃいけねえんだ。」
其の目に、声に。
今迄経験したどの飢えより乾きより、
魂とかそう言う自分の根っこの様なものを揺さぶられた気がしたと言ったら。
此の男は何と答えて笑うだろう。
見下ろせば、当に腕は解かれて居た。
其の腕を、ルフィの顔の前迄持ち上げて、
ん、何だ、と首を傾げた其の額を、思い切り指で弾いた。
「いッ、てえなあッ、何すんだ、」
「痛くはねえだろ。ゴムなんだから。」
「そうだけど、何か痛ェ気がするから嫌だ。」
「そうかい。」
其の子供の様な表情を見て、漸く、笑えた。
「お前ちゃんと分かったのか、」
赤く染まった額に手を遣り、ルフィが言う。
全く、自分にしろ誰にしろ、此の船のクルーは皆どうかして居る。
此れ程に、惹かれてやまないなんて。
「馬ァ鹿。」
先刻ルフィの額を弾いた指で、タバコを取り出し口に咥える。
火を着けて、一口。
其れで元通りだ。
「どうやって食えっつーんだ、此のゴム野郎が。」
「其れにな、あんまり俺を馬鹿にすんな。其の気になれば、足が付いて居るものはテーブルだろうが椅子だろうがディナーに変える男だぜ、俺は。」
此の程度の事でどうにかなるような連中かよ、俺等は。
声には出さなかった其の台詞がまるで届いたとでも言う様に、
「そうか。」
満足そうに、シシ、とルフィは笑った。
太陽と惑星の座標