第十景  陽光の渦


 照りつける夏の陽射しに目を顰める。
 人通りの殆どない住宅街に、夜は未だ遠いように感じられた。
 庭木は真緑の葉をまとって聳え、風が吹く度にざわざわと音を立てた。
 西に傾いて照りが強くなった太陽が、全てをオレンジ色に染めた。



 サンジが戸を閉める。
 からからと、其の音ばかりが耳に付いた。
 サンジの左手には、鞄が一つ、提げられていた。
 日帰り旅行でももう少し持つのではないかと言う程に、小さな。
 其の様子を、見つめる。
「お前は、どうするんだ、此から。」
 前にもした質問を再び口にする。
「知らない。昔に、戻るだけだ。」
 返ってきた答えも、先のままだった。
「そう、か。」
 しかし、前の様に無機質な笑みだとは思えなかった。
 腹の底が煮えくりかえる様な衝動を覚えた。



「じゃあ、な。」
 短く其れだけ言って、サンジは門をくぐる。
 自然と、足は其れを追った。
 サンジは其れに気付いた様だった。
 だが、何も言わなかった。
 此方も、無言だった。



 十字路を二つ過ぎた所で、サンジが足を止めた。
「何で、」
 振り返らぬまま、呟く。
「お前はどうするんだ、」
 再び、問うた。
「知らない。」
 答えは消決して変わらない。
「お前は、どうしたいんだ、」
「知らない。」
「何で、」
「どうだって良いだろう、そんな事。」
 其の言葉を、悲しいと、思った。



「泣けよ、」
 そう口にしたのは、殆ど無意識だった。
 しかし、サンジの肩が小さく揺れた事で、間違いではなかったと気付く。
 驚いた様な顔をして、サンジが此方を振り向く。
 其の目からは滴り落ちるものがあった。
 一筋、二筋。



 やはり、答えはすぐ側にあった。
 悲しい事実が存在していた。



 始めは抑えられていた嗚咽が、荒い呼吸と共に外へと漏れる。
 過呼吸の様に息を荒げ、涙を流す。
 泣き方を知らない子供の様だと思った。
 其れは、恐らく事実なのだ。
 悲しければ泣けば良いのだと言う事、
 それが、たとえ一時的にでも救いに似た効果をもたらすと言う事。
 其れすらも知らぬまま、サンジは生きてきたのだ、きっと。
 自分の欲とか、感情とかそう言うものを、現す事はおろか自覚する事も出来ぬまま。



 先生がサンジを側に置いた理由が分かった気がした。
 自分にも同じ感情があるのに気付いた。



 悲しき魂に寄る辺を与えたいと、
 其れは、衝動だった。



 ひとしきり泣いて、サンジは少し落ち着いた様だった。
 相当長い間、無く事など無かったのだろう。
 立ちくらみを起こした時の様に、サンジの身体が傾ぐ。
 慌てて其の肩を掴み、引き寄せる。
 しかし、其の勢いを完全に殺す事は出来ず、サンジは道路に座り込む。
 其れに合わせて膝を突く。
 皮膚を通して伝わる人間の体温に、再び、サンジの目から涙が零れた。
 此方の肩に顔を押しつける様にして。
 しゃくり上げる度に大きく震える体に腕を回し、抱きしめた。
 サンジの身体が強張るのが分かった。
「行くな。」
 そう、言わなければならないと思った。
 行かせてはならないと、
 其れは、自分自身のエゴだったのかも知れない。
 けれど。



 サンジが身体から力を抜いた。
 其の身体を更に強く抱いた。
「行くな。」
 もう一度。
 先刻よりも強く。
 無様に震える声で。



 もう、嗚咽は聞こえなかった。


後書き