夢更






 どうやって、私がサンジ君を見て居るか知ってる、

 そんな風に、彼女はグラスを傾けた。
 かろん、とグラスの内側を氷が撫でる。
 良く冷えた蜜柑のジュースを飲み干して「昔にね、」と彼女は続けた。


「にんげんのからだ、って本を読んだのよ。子供向けの簡単な本。」
「其の頃から聡明だったんだ、」
 其れは割りと素直に感心して出た台詞だったのだけれど、彼女は「ありがと、」と小さく返しただけだった。
「其の中にね、めのしくみ、ってページがあったの。」
 ふうん、と返し、彼女の向かいの席に腰掛けた。
「今、此処にサンジ君が居るでしょう、サンジ君に当たった光が反射して、其の一部が私の目の中に入るのよ、」
 其れを私の脳が処理して、ああ、サンジ君が居るって私が思うの。
 遠くで、と言っても、十秒もあれば移動出来る距離だけれど、ルフィやウソップ、チョッパーが騒いで居るのが聞こえる。
 たった一枚のドアを挟んで、其れは別世界の様に聞こえた。
「私が見て居るのはサンジ君じゃなくて、反射した光に過ぎないのよ。」
 そう言った彼女の髪が、窓から差し込んだ日の光に燦然と光った。
「音も同じ。私が聞いて居るのは、空気の振動であって、サンジ君の声其のものじゃないの。」
 触覚、嗅覚、味覚。
 彼女は、指を折りながら呟いた。
「其のものを認識して居る器官だって有るのに。人間が一番酷使して居る視覚と聴覚は其のものを感じ取れないのよ。」
 かろん。
 解け始めた氷が、又音を立てた。
「其れを初めて知った時、私は子供だったから、少なからず怖いと思ったのよ。」
 私が見て居るものは、本当に、本物なのかしらって。
 だって、其れを私が此の目で確かめる事は不可能なんだもの。


「ねえ、今も怖いと思う、」
 其れっきり黙ってしまった彼女に尋ねた。
「分からないわ、」
 物思いにふける様に、何処か上の空な雰囲気で彼女は答えた。
 でももしかしたら。
「こんな事を未だ覚えて居るんだもの。怖いのかも知れない。」
「そう、」



 二人っきりのラウンジに、遠くから、絶え間ない波の音と潮の匂いがした。
 陸に上がって聞こえなくなって、初めて其れに気づく様なものが、ラウンジを支配した。
 甲板では、相変わらずの喧騒と、
 蜜柑の匂いと、
 慣れた雰囲気。
 其の全てを、此の季節に相応しい日の光が飾り立てた。


 怖いのかも知れない、
 其の感情を此れっぽっちも感じさせない表情の彼女の頬に手を添えて、
 テーブルに身を乗り出す様に口付けた。
 彼女が怖いと告げた全てを遮断する様に、目を閉じた。


 彼女と、蜜柑のジュースの匂い。
 皮膚に感じる、初夏の空気と、
 窓からの日差しに熱せられる感触。



 彼女が、俺の感覚の全てを支配するのを感じた。



堂々と、誕生日祝いをすっ飛ばしたSSを書いてしまいました。
ナミさんの誕生日だからナミさんを書けばいいんだよ。
誕生日祝いネタはもう、無理。
本当は、先日オフで出した『全世界的スクランブル』の番外編として此れを書こうと思ったのですが、
良く考えたら設定も何も分からない人が大半じゃないか。と気付き(遅)海賊設定に変えました。
まあ、どっちでも使えるネタなんですけどね。