夕立

「何だ、雨か。」
「良かった、雨だ。」
甲板で、不意に声が重なった。
「……何で。」
其れ程強い降りではない。
降り始めたばかりで判断するのは早計かも知れないが、此れでも何年も海を渡って居る。
船旅とは言え、此の程度の雨でがたがた言ってはグランドラインなど渡れる訳も無い。
けれど、「良かった」と言う台詞には引っ掛かった。
「だってお前、今日は七夕だろう、」
きょとん、と音がしそうな程に呆けた顔でサンジが言った。
そうか、七夕か。
ふうん、と頷きかけて、余計に分からなくなった。
此の男が。
「良くねえんじゃねえのか、」
「何で、日照りになったら困るだろう。」
別に、信じている訳じゃねえけどよ。
船乗りって言うのは元々迷信深い生き物だからなあ。
ぽつぽつと落ちる雫を気にする様に、サンジは煙草に火をつけた。
「日照り、」
予想外な答えに眉を顰めると、サンジは「ああ、」と答えた。
「天の川が干上がったら、其の年は日照りになるんだよ。」
まあ、一年に一度しか根性見せねえクソ野郎を待ち続けてるレディーには悪いけどな、
今年も、野郎には気合入れて泳いで貰うって事で。
言いながら、ふっ、と煙を空に向けて吹き出した。
「……橋じゃなかったか、」
どうも、自分のおぼろげな記憶とサンジの言葉が噛み合わない。
するとサンジは別段驚く風でもなく、
「ああ、こう言う伝承は良く食い違うからなあ。何だ、お前の所じゃあ橋がかかってるのか。」
だったらレディーも寂しい思いをせずに済む訳か。
恐らく本心で「良かった」と思って居るであろう脳天気に、「違う、」と返した。
どうやって出会ったのかは忘れてしまったが、牛飼いの男と機織の女が恋に落ちた。
其れ迄は働き者だった彼らは、お互いに溺れて仕事をしなくなった。
其れを怒った神だったか仏だったかが、其々を天の川の両岸に流した。
二人の嘆く様を見て、そいつは、一年に一度だけ天の川に橋を掛けてやる事にした。
ただし、其の日に雨が降ると、川の水が氾濫して男は女の元には行けなくなる。
確か、そんなんだった。
そう締めると、サンジは「随分親切な神様だな、」と、再びぽかりと煙を吐いた。
ガキの頃俺が聞いた奴は、確か農民の夫婦だった。
平生の様に夫を畑に送り出して、妻は昼飯を拵えた。
其れを持って、夫の所へ行き、丁度良く熟れていた瓜も食べようと昼飯を広げた。
しかし、瓜に包丁を入れた途端、其の切れ目から大量の水が溢れ出した。
あれよあれよと夫婦は流され、其の水は遂に天の川になった。
運悪く夫婦は其々別の岸に流れ着いた。
夫婦が会えるのは、七月七日、晴れて天の川が干上がった時だけ。
けれど、もし其の日、空が晴れて天の川が干上がったら、其の日一年は旱になる。
良く考えたら、何で一度会った時にわざわざ対岸に戻ったんだ、
昔話故の矛盾に首を傾げ、サンジは笑った。
「まあ、要するに、天の助けなんぞ待ってねえで死ぬつもりで泳げって話だな。」
「……」
何となく、違う様な気もするのだが、此処で否定すると後が長い。
其のまま答えずに口を閉じて居ると、
「お前だったらどうする、」
不意に、サンジが言った。
其れには答えずに、お前は、と問う。
「決まってんだろ、俺がレディーの手を放す訳がねえだろ。同じ岸に流れ着いてめでたしだ。」
「だろーな、」
そう返すと、サンジはほんの少し、照れた様に顔を歪めた。
「で、お前は。」
サンジに改めて問われて、数秒、考えを巡らせる。
実を言えば、別にわざわざ考える迄の事ではなかった。
反射的に作った其の間の後、
「手前に逢いに来るのを待ってる様な女に興味はねえな。」
嘆く前に手前で泳げ。
すれ違ったら其の時は引き返せば良い。
サンジは其れには何も返さずに踵を返した。
弱いながらも本格的に降り始めた雨に、中に行くぞ、と小さく告げる。
其の背中越しに、小さな声が聞こえた。
お前らしい、
其の一言に、思わず笑う。
時期に止むであろう雨に、此れ位なら、橋も掛かるだろうなとそんな事を思った。
「つーか、お前は動くな。」
「何でだよ、」
「お前がきっちり対岸まで辿り着けると思えねえからだクソ方向音痴。」
「煩え、だったらこっちが痺れ切らす前に泳ぎきるんだな、」
「いつ俺の話になったんだ、」
「あーそう。」
さほど遠くない雲の切れ間で、ちらちらと星が見えた。
| 今更だが、うちの剣豪はサンジ以上のロマンチスト。(無意識) 宣言通り、ゾロサン真ん中バースデイ小説です。 パラレル神話を書くの?と聞かれたのですが、結局、 「七夕をダシにいちゃつくゾロサン」になりました。 ちなみに、サンジが語った方の七夕伝説は、伊豆諸島の伝承にアレンジを加えたものです。 字数の割りに内容が薄い。 別に、濃ければ良いってものでも無いのだろうけど。 |