第四景 十字街に花
時間とは、如何なる場合でも単調なものだと思う。
しかし、其れは決して嫌いではない。
そんな、どうでも良い事を思う。
誰の所為かは分かっている。
あの夜から、二日が過ぎていた。
終業の声に気付くのが遅れた。
「いよっ、何離脱してんだ、ゾロ。」
前の席に後ろ向きに座って、此方を覗き込む物体に、我に返った。
「何だ、ルフィか、……離脱って何だ、」
「離脱って言ったら幽体離脱に決まってんだろー。」
「訳分かんねーよ、」
溜め息混じりのツッコミに、にしし、と笑う黒髪にチョップを入れる。
「何だ、眠そうだな、何時もだけど。どうかしたのか、」
左から、少し系統の違う黒髪がもう一人、ひょい、と出てくる。
「ウソップ、手前が其れを俺に聞くか、」
声に、怒りをにじませる。
「何だ、何かやったのか、悪い奴だなー、ウソップー。」
「しっ、知らねえよ、俺が何したってんだ、」
案の定、反応は二つに分かれた。
「ほーう……」
慌てて後込みする其の頭を鷲掴みにした。
「手前が、一昨日、くっだらねえのろけ話に付き合わせてくれたお陰で、俺は二日間一睡もせずにレポートを書き続けるハメになったんだよ。」
掴んだ頭に力を込めながら、「此の俺がだ、此の俺が。」と凄む。
「あー、其の件なら心配ない。無事に解決、問題なしだァ。」
「手前の恋路なんぞ知った事か、」
「古い言葉使うなー、お前。」
「手前は黙ってろ、」
横槍を入れてきたルフィを睨みつける。
すると、思わぬ言葉が返ってきた。
「でも、其れはおかしいぞ、」
「何がだよ、」
「だってお前、レポートなんて締め切り前日からやるもんだと思ってるだろ。一昨日からやってんなら余裕じゃねーか。」
「……まあな、」
確かに、其の通りだ。
指定の枚数がやたらと多かったから早めに手をつけたが、日数的には明らかに余裕があった。
と、言っても高々一日だが。
しかし、決して勤勉な学生ではない自分にとっては、此処まで手間取った事は一寸した異常事態だった。
「何かあったのか、面白い事だったら俺も混ぜろ、」
「別に面白くもねえよ。じゃ、俺は帰るから。」
ルフィを右手で払い、ショルダーバックを肩に掛けて、
「いいじゃねーかよ、教えてくれたってー。」
立ち上がりかけた所で、肩にルフィの手が伸び、椅子に戻された。
「帰るって言ってんだろ、」
「どうせ帰って寝るだけだろーケチー、」
「用事があんだよ。片付いたら気が向いた時に教えてやるよ、」
「日曜日のお父ちゃんみてえだな。」
「そんで一年待ったって気なんか向かないんだよー。なー。」
「ほらゾロ、もうオッサンって言わねーから教えろって、」
「放せ、」
「だから、話してくれたら放すって。……何か洒落みたいだな。」
「……知らねえよ、」
尚もしつこく食い下がる二人に根負けして、場所を食堂に移す事にした。
そして、既に次の抗議を受ける学生達が集まり始めていた講義室を出た。
時刻は二時半、四限が始まってすぐであるから、人の流れはごたごたしているものの、学生食堂の席には空席が目立ち、さほど騒がしい訳でもない。
「葬式、」
セルフサービスの緑茶を一口飲んで、ウソップが聞き返す。
「ああ、一寸した知り合いの葬式に出くわしたんだ。其処で、妙な奴に会った。」
「妙な奴、ねえ。其れでレポート手間取ったのか、」
「……まあ、平たく言えばそうだな。」
「どういう奴なんだ、そいつ。」
時刻を無視して定職をむさぼりながら、ルフィが此方を向いた。
「どうって言われてもな、」
少なくとも、一言で片付けられる人間ではない。
仕方なく、噂話として許される程度にかいつまんで、サンジの印象を話した。
「……変わった奴だな、」
「面白い奴じゃねーか、」
返ってきた反応はバラバラで、ウソップは腕を組んで首を捻り、ルフィは平然と白米を口に運び続けた。
「其れで、」
ウソップが続きを促す。
「お前は、どう思ってんだ、」
「……正直、良く分からねーな、多分、あいつは自分の事が一番、良く分からねーんだ。」
其れは、恐らく確信だった。
サンジを自分の中で理屈付けようとして、諦めた頃にふっと浮かんだ。
雲を掴む様な表現に、ウソップが又、首を傾げる。
「簡単な事じゃねーか、」
其処へ、ぱちんと音を立てて箸を持った両手を合わせながらルフィが言った。
「お前は、そいつが気になってんだ。そいつが妙だとか言うのは、多分関係無い。」
「……」
「自分の事が分かってねえって、お前もだろ。」
真っ直ぐに此方を見る視線に、図星をつかれた気がした。
「まあ、取り敢えず合ってみりゃ又何か分かるかもな、」
助言する様にウソップが言う。其の言葉に、溜め息が漏れた。
「本当なら、今頃着いてる筈だったんだよ。其れを、手前等が引き止めたんだろうが、」
「よーし行って来い。」
睨みつける間も無く、ルフィとウソップの声がハモる。
どちらも、此方を見もせずに、緑茶と白米に意識を移し、こんな時ばかり、手を振る仕草までもが全く同じで。
怒りを持続させる気も失せた。
友人と呼べる程の仲ではないだろう。
妙な縁で知り合った、只の知り合いだ。
だが、それぞれ全く違う性格を持った、此の二人との縁は長く続きそうな気がする。
共通点と言えば、遠慮も何も知らないと言う事くらい。
自分も含めて、其の辺りは似たもの同士だ。
友人と呼べる程の仲ではない。
だが、似たようなものだと言える数少ない存在である。
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